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mail: info@ichigiryu.com  更新日 h24.1.20
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所在地:
〒116-0002
東京都荒川区荒川6丁目52−1
「一義流気功 町屋気療院」
地下鉄千代田線 町屋駅 徒歩5分
03-6427-7446

気功療法家 小池義孝紹介


気功療法師、小池義孝 小池義孝

昭和48年 7月19日生まれ
B型 趣味は硬式テニス(初中級練習会を主催)

 私にとって気功療法師としての活動は、社会の中で果たしていくべき重要な役割です。しっかりと務めていきます。

 性格や人間性は、基本的には真面目で、常に前向きで冷静です。物腰はおっとりとソフトです。
 案外明るく普通に話すので、ホームページの様子 とは印象が違うようです。優しくて真面目という評価をよく受けますが、実はくだけた部分も多くて、そういう面が出るとビックリ されますね。


・ 生誕と子供時代
   私は昭和48年7月19日、東京都で生まれました。未熟児であったため、成長できるかどうか不安視されていたようですが、特に大きな健康上の問題もなく幼少時代を送りました。
 物心ついた頃から、私には気を感じ取れるという珍しい特性が備わっていました。気にはその人の本質的な情報が込められています。ですからいくら表面上で良い人や誠実な人を演じていても、当たり前のように陰にある本質を看破しているような子供でした。子供時代の事ですから、当時はそれが当たり前だと思っていました。感じ取れない周囲の人達を見て、逆に不思議がっていました。特別なのは自分の方だと気づいたのは、小学校高学年になってからだというのですから、何とものんびりした話です。

 とにかく色々なものを観察して考えるのが好きで、もの静かで目立たない少年時代を過ごしました。特に人間を考える事に傾倒し、その性質を見極めようとする意識が強かったのをよく覚えています。気を読み取る能力は、考える材料を十分に提供してくれていました。
 人間性が大らかに出来ていて、周囲と随分と感じ方が違いました。何でそんな事で怒るのだろう?? という場面が多かったです。自分一人が常識から外れるのを恐れて、他人をよく見ていましたね。観察して考えなければいけない必要性に迫られて、その内に楽しさを見出したような感じかもしれません。

 気を読み取る特性ですが、これは今も継続しています。ただ勝手に人間性を覗くのは公平ではないと思うので、必要もないのにそれを読み取ろうとはしません。子供の頃は、何でも開きっ放しの部分がありますね。


・ 初めての外気功
 外気功らしきものを行ったのは、25歳頃が初めてです。猫がちょうど10歳を過ぎて、衰えが見えてきました。何とか元気になってもらいたいという気持ちから、手をかざして元気をあげるイメージを照射しました。手をかざすのは、日本では普通に生きていれば何度かテレビなどで出会う場面で、それを見よう見真似でやってみたという感じです。するとどうでしょうか。猫は見違えて活き活きとし、若さを取り戻したのです。しょぼんともう長くないという雰囲気であったのが、まるで若い猫に生まれ変わったように目を輝かせ、快活に動き回り始めました。
 この体験から、私は「自分には気功をする能力がある」と確認し、衰えが見えては元気をあげるのを繰り返していました。今にして思えば、これはほんの初歩的なイメージで、気功の段階としてはかなり低い位置にあります。(この猫は元気に長生きしてくれて、20歳で寿命を迎えました。下の写真は平成19年12月の撮影です)

 

・ 気功療法師への転機
  28歳、当時の恋人の存在が大きな転機となりました。彼女はかつて2年間原因不明で寝たきりになってしまったという経験があり、身体が慢性的に弱い状態にありました。何をするにも無理は利かず、寝込む状態は珍しくありません。家庭環境が複雑で精神的な問題もありました。しかし健気に立派に生きていこうと、頑張り過ぎるくらい頑張り、常に周囲に対する優しさを忘れない人でした。
 この彼女のために何かしてあげたい。私はそう強く気持ちが湧き上がります。彼女の症状は現代医学では難解で、これといった打開策を提示できません。私が自分の特性に合わせて気功に思いが至るのは、自然な展開でした。しかし気功とは言っても、完全に自己流です。自信はありません。本格的に勉強しようと、台湾式気功の先生に師事をいたしました。そこで「小周天」「大周天」を垣間見、気功師としての道を歩み始めたのです。しかし残念ながら、彼女とは関係が難しく、色々と有り過ぎて破局してしまいました。気功を使う人間としての一つの大成を、彼女に発揮する機会は失われてしまいました。


・ 気功療法師への道へ
  30歳になり、社会と自分との関わり方を考えるようになりました。インターネット通販の仕事をしていたのですが、この生き方に疑問を抱き始めます。人間社会というものは、それぞれ各個人が長所を活かしながら、短所を補い合って生きていく場です。そう考えた時に、インターネット通販の仕事は自分の長所を本当に活かしているのだろうか? 社会との関わり方として、本当にこれで良いのだろうか。そんな漠然とした満たされない気持ちが、常に自分にあったのです。
 では私にとっての長所とは何だろうか? と考えた時に、すぐに気功という結論に達しました。気功を使う事を職業として、社会と関わっていこうと決意するのに、さほど時間はかかりませんでした。自分にはそれに値する資質があると、何故か漠然とではありますが、強い確信がありました。

 大周天という境地を見た気功ですが、「気功整体」というジャンルが気になっていました。気功と整体とを組み合わせた技術体系とは、どのようなものだろう? と関心を持ったのです。実際に職業として気功師をやっていくためには、治療院のノウハウも必要です。そこで治療院の運営を兼ねている気功整体の学校に入学し、より効果的に外気功を行う術を身につけます。直営治療院にも施術スタッフとして入り、実質ナンバー2として活動を続けました。そこでの経験は、得難いものがあります。多くの患者さんとの出会い、技術を学ぶ仲間達、治療院運営の実際の姿、機会を与えてくださった院長先生、運命に深く感謝しています。


・ 一義流気功の立ち上げ
 一義流気功は、スタッフ就任中に立ち上げました。独自の気療活動を続けていく内に、自分のスタイルが次第に確立されていきます。経験を積む内に、また気功師としても、飛躍していきます。患者さんとの気の交流が、私を大きくしていくのです。学んだ気功整体の技術は、整体を基本にして気功を組み合わせたスタイルです。しかしやはり、私はより純粋に気功師であると、気付かされます。整体に気功を組み入れるのではなく、私は気功をより効果的にするために必要に応じて整体的な技術を合わせていきます。

 スタッフとして働いている院長先生の世界観、理念と私のそれとは、隔たりが出来てきます。次第にその治療院での枠が窮屈となり、自分をより大きく伸ばしていく良いタイミングで、治療院から離れました。これも用意されていたかのような急展開で、辞めざるを得ない状況が作られていったのですから、何か大きな流れの中に自分がある事を感じさせます。

 気療活動は、日々、成長と発見です。患者さんと接する事、気療院の内装、ホームページの改善、より優れた人間性など、気療院運営者として必要なものは多くあります。ただ気功師として優れているだけでは、気療院の運営は成功しません。多くの人と関わっていくためには、それ以外の要素も重要です。
 ホームページも評価されるか否か、開設当初は判断が出来ませんでした。けれど共感して訪れてくださる方があり、頭が下がる思いです。また想定していた以上に、多くの方がリピートしてくださり、驚くと同時に励まされます。毎回遠方からいらっしゃる方は、本当に大変だと思います。ありがとうございます。勿論、時間とお金を使って施術を受けに来てくださる患者皆さんに、深く感謝しています。

 一義流とは、義に沿った一つの行為や思いが、大きな全体の流れに波及していくエネルギーの流動性に重きを置いた立場です。誰もが”関わり”の中で生き、生かされています。一義流気功は、療法であると同時に、患者さんも気功家も社会に義をもって関わっていく生き方そのものです。
 一義流気功は経験と発見を積み重ねて、成長し続けています。一年毎に振り返っても、全く別人のように成長している自分がいます。私が志を失わない限り、その機会も失われないと信じています。

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